老人ではなかつた。二十五歳を越しただけであつた・・・って、25は老人じゃないだろ

老人ではなかつた。二十五歳を越しただけであつた。けれどもやはり老人であつた。


ふつうの人の一年一年を、この老人はたつぷり三倍三倍にして暮したのである。


二度、自殺をし損つた。そのうちの一度は情死であつた。


三度、留置場にぶちこまれた。思想の罪人としてであつた。つひに一篇も賣れなかつたけれど、百篇にあまる小説を書いた。しかし、それはいづれもこの老人の本氣でした仕業ではなかつた。謂はば道草であつた。


いまだにこの老人のひしがれた胸をとくとく打ち鳴らし、そのこけた頬をあからめさせるのは、醉ひどれることと、ちがつた女を眺めながらあくなき空想をめぐらすことと、二つであつた。いや、その二つの思ひ出である。ひしがれた胸、こけた頬、それは嘘でなかつた。


老人は、この日に死んだのである。